オランダ アムステルダム

オランダ 首都アムステルダム

オランダ(Netherlands)最大の都市・首都アムステルダム(Amsterdam)。 網目状に張り巡らされた運河が特徴的で「飾り窓の女達」、「アンネ・フランクの家」などが観光の対象として有名。オランダは元々神聖ローマ帝国の一部で、その後スペインを宗主国とするスペインの一部となり、1568年に独立運動が始まり1648年に独立が承認された実はとても若い国。江戸時代、1600年代初頭に徳川家康に貿易が許された事で日本との関係が深い国だが、その頃はヨーロッパではまだ正式な国とは認めてられなかったという事になる。



イギリス ドーバー海峡

ロンドンを列車で出発し、船でドーバー海峡を渡った。

やっぱり大きな船はいい。

 

オランダ 首都アムステルダム

一路フランス~スペイン~ポルトガルというラインを目指す。

夢と希望でいっぱいだ。

列車に揺られていると駅も無い所で何故か列車が停車、車掌さんが回ってきて、 パスポートのチェック。

 

…ベルギー(Belgium)まで戻された…。

 

僕と一緒にベルギーまで戻された面々

僕と一緒にフランスに入国を許されずベルギーまで戻された面々。

イギリス入国審査での取り調べと言い、フランス入国拒否と言い

…いったいなんなんだ!?

 

大体俺ら入国拒否されてんのに、なに記念撮影なんかしてんのさ!

…まー、俺のカメラだけど…。

 

フランスを通してくれないと
スペインでフラメンコや闘牛見たり、
ポルトガルでおいしい魚食べたり、
アフリカ大陸に渡っちゃったりできないじゃないか。

 

想定できる理由は、観光ビザでのオーストラリアイギリスの長期滞在。 この頃フランスはテロ警戒モードになっていて、僕のような長期旅行者は 潜伏テロリストではないかと疑われやすかったようだ。

日本人テロリストと言えば「日本赤軍」という記憶もまだしっかりあった頃だし。

またイギリスがボートピープルといった不法入国・不法滞在者で悩まされていたように フランスも人種のるつぼ化していて制限が厳しかったようだ。

 

もちろん前回同様「今日のホテル」予約なんてない。

そうか、そうかよ、それなら北に行くさ~。

 

オランダの首都アムステルダム

オランダ 首都アムステルダムの運河

(Amsterdam, Nederland)

結局オランダ、アムステルダムまで北上してしまった…。

この街では基本的に駅の構内で寝泊まりをした。

なぜなら駅の隅っこで固まって寝ている家族やバックパッカーがたくさんいたからだ。 許されてもいなんだろうけど取り締まれないのかもしれない。

 

街も歩き回り「飾り窓の女達」「アンネ・フランクの家」なども見て回った。

 


オランダ 首都アムステルダムのボートホテル前

オランダ 首都アムステルダムのボートホテルの客室

そうこうしているうちにカフェ(Cafe)でドイツ人の男性と仲良くなり、 ボートホテルに泊まろうという話になり、話のネタに一泊する事にした。 運河の街アムステルダムの名物だ。

 

ヨーロッパ大陸の情報がまるでなかったので色々と教えてもらったが、 僕らの共通点は面白い事にバックパッカーの様な事をしているのに 二人とも動きづらいスポーツバックで旅をしている点だった。

アムステルダムの現在の宿泊施設情報



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