和歌山 – 紀州徳川家の居城「和歌山城」

紀州徳川家の居城「和歌山城」

和歌山県和歌山市「和歌山城」の天守閣

虎伏山(とらふすやま)に建つ「和歌山城」。 和歌山と言えば紀州。徳川御三家の一つで本家江戸を補佐する「尾張、紀伊、水戸」の 紀伊の国だ。 「三つ葉葵の家紋」の使用や徳川姓が許されたりした家康の子孫筋の家で、 宗家(将軍家)の血が途絶えた時などは、御三家から将軍家が選出された。紀州藩第5代藩主を経て江戸幕府第8代将軍となった徳川吉宗の出身地。


 

和歌山県和歌山市「和歌山城」不明門側城内

城内へは不明門から入った。

敷地内に入った途端に緑の豊かな自然、青々した樹々の匂いに囲まれた。

 

和歌山県和歌山市「和歌山城」天守閣入り口

入場料を払って門をくぐる。

■天守閣入館料(日~金曜日)
大人410円
小人(小・中学生)200円
※土曜日は無料。
※30名以上で人数に応じ団体割引。

■開館時間
9:00~17:30(入場は17:00まで)

■ナイター営業(7月20日~8月31日)
17:00~20:00(入場は19:30まで)

日本語の案内フライヤーを一部もらったのだが、英語、韓国語、繁体簡体とちゃんと外国語版が揃っていた。観光を産業として見据え対外国人観光戦略を推進する日本。ここは観光地としてのちゃんとした対応を行なっているのだろう。

 

和歌山県和歌山市「和歌山城」の天守閣

和歌山城の天守閣。

こじんまりとしているが、お城としての趣きがある。

 

和歌山県和歌山市「和歌山城」天守閣からの景色

天守閣からの景色。

お城の中は博物館のようにこのお城や紀州の歴史資料が展示されていた。豊臣秀吉の命により実弟・秀長が築城しまずは桑山重晴。 関ヶ原の後、浅野幸長、徳川家康の十男・徳川頼宣が城主となり「紀州徳川家」の礎となったようだ。

 

和歌山県和歌山市「和歌山城」の天守閣

和歌山県和歌山市「和歌山城」の石段

そんなにたくさん日本の城を見てきたわけではないが、イメージ的にはお城と言えば、敵が攻めてきた時の為に「武者隠し」があったり、一気に攻められないように道幅が急に狭くなっていたりといわゆる「防戦の仕掛け」があるイメージなのだが、秀吉が天下を統一した後に築城された為か、そういった「戦争の匂い」が感じられず、どこか優雅な印象の残る城だ。

 

和歌山県和歌山市「和歌山城」大手門に続く道

大手門に続く道。

 

和歌山県和歌山市「和歌山城」一の橋と大手門

一の橋と大手門。

関ヶ原の闘いの後、紀州藩主となった浅野幸長が修築を行なった際に設置された。

 

和歌山城 周辺の現在の宿泊情報



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和歌山城周辺を散策

和歌山県和歌山市 けやき大通りの和歌山中央郵便局

和歌山城を大手門から出て、和歌山中央郵便局などが立ち並ぶ周辺の街を散策した。

印象としては新し目でとてもきれいな街。

 

でも、人がいない…。

 

和歌山県和歌山市 市街地

夕方近くなり、通りにあった韓国料理屋さんで 焼肉をつまみながら地元出身の店員さんにその事を聞くと、 やはり多くの人が大阪とかに仕事に出るので、どんどん市中で働く人は減っている との事だった。

 

和歌山県「和歌山市駅」

取りあえず一通り、和歌山市内を見て回って泉佐野に戻る事にした。

 

和歌山県「和歌山市駅」のプラットフォーム

和歌山県「和歌山市駅」のプラットフォーム

快速や特急もあり、和歌山市ー大阪間は特急電車で1時間半前後。

言い換えれば都市部と通勤圏はどんどん拡がっているようだ。

 

和歌山城 地図