台北 西門紅楼裏ビアガーデン

僕のお気に入りの場所の一つに西門紅楼の裏の露店のビアパブがある。台湾に来始めの頃に英語しか喋れなくてホテルで「どっか近くにバーはないですか?」と聞いて「バーは…ないですね…。」「ならお酒が飲めるお店って近くにないですか?」「西門駅近くならあるかもしれませんが…。」なんてやり取りをしたのを覚えている。その夜は「どっかあるだろう」と思い街をウロツキ上手く見つけきれず、仕方なくコンビニでお酒を買ってきて同行者と一緒にホテルの部屋で飲んだ。当時は「?炒(台湾風居酒屋)」なんてのも知らなかったしバーの事を「酒?(ジウバー)」っていうのも知らなかったし…。その時、西門紅楼の裏に露店のビアパブを発見してから、夜西門に来るたび必ずここに立ち寄るようになった。
食堂での注文の方法
台湾の食堂での注文の方法は注文用紙を探して(大体お店の入口の調理場付近とかにある)勝手にとって、注文したい料理にチェックとか数量を書いて店員さんに渡す。
といった感じか、料理名が言えたらその辺の店員(服務員・フゥウゥユェン)か店長(老板・ラオバン)に料理名を伝える。
下の写真の右上の紙が注文用紙。
鉛筆は赤鉛筆が置かれているケースが多い気がする。
麺の横の野菜料理は特には頼んでいなくて、麺料理を頼んだら副菜もついてくるという事もよくある。
店内の客用のテーブル以外のテーブルに副菜が置いてあって「勝手にとって食べていいよ」ってお店もある。

調味料はテーブルに置いてあったりなかったりで、店内を見回して見つけたら勝手にとってきて使う。


上の写真の食品ケースのパターンだと、単なる作り置きの商品で「自由にお取りください」じゃない可能性があるのでひと言聞いた方がいい。

台北円環(旧 建成円環)。
日本統治時代の1908年に小型の公園として建てられたものが、その後屋台街になったり、戦時中は防空貯水池として利用されたり、戦後はまた屋台街になったり、火災後10年間も放置されたり、市長のテコ入れで「建成円環美食館」となったり…。なかなかせわしないが1980年頃までは台北のランドマークの一つだった場所。2017年、今年の7月(先月)からこのような公園として利用されている。
重慶北路、南京西路、寧夏路、天水路が交わるロータリーの中に位置する。
元々の屋台街の姿はそれぞれの屋台が建てた雑然とした建物の集合体がまん丸な円環内にびっしり収まっている感じだったが、「建成円環美食館」の時は全面ガラス張りの2階建てのお洒落な建物になっていた。
大同区 寧夏路夜市

寧夏路夜市。
ゲストハウス「ベイメンWOWポッシュテル」の地下室でゆっくりしてたらMitにひっぱりだされた。
彼はどうしても女の子と仲良くなりたいらしくクラブに行きたがっていた。
…やだよ、俺おやじだぜ。
若いイケメンにーちゃんと比較されてもみじめなだけじゃん。
…引き下がらない。
…一人で行ってきなさいよ…。



結局夜市(寧夏路夜市)にひっぱりだされ軽くお腹を満たし、クラブ潜入を試みるが値段的に合わず断念。
それ以前にドレスコード的にも無理。
仕方がないので僕のお気に入りの西門紅楼裏の露店のビアパブに連れて行ってビールでも飲む事にした。
西門紅楼裏ビアホール
Mitが隣で飲んでる女の子三人組にめっちゃ関心を示し、いろいろ俺に行ってくるので仕方なく…。
僕?「Excuse me, My boss says he wants to shout you girls some drink. how about it? OK?(すみません、ボスが君たちにおごりたがってんだけど、どう?いいかな。」
ワザと分かりにくく言ってみる。(shout =?《英口語》 (酒を)おごる)。
案の定「女三人の相談」が始まった。
ここはなし崩しに畳み込もう。
僕?「Ok?Ok!(いい?いい!)」
僕?「Hey, Mit Come up Here!(Mit おいで~)」
…後は彼が必死に喋るでしょ。
数時間後の朝4時前、結果この笑顔。

彼女たちも英語を喋る機会が見つかって楽しんでた様子。
大学1年生の台湾女子3人とLINEも交換し、別れ際に、
僕 「今天認識?們我很高興。請慢走~。(今日は会えてとてもうれしいかったよ。気を付けて帰ってね~。)」
彼女達 「?還會?中文?!?(あなた中国語も話せるの!?)」
…まあ、この瞬間の為に5年も勉強してるんで。